アルバニアの千の窓の町ベラットでのんびり滞在

ベラットの街並み1

今回はアルバニアの世界遺産であるベラット(Berat)を紹介します。
ベラットは千の窓の町と呼ばれていて、実際に窓がいくつあるのかは定かではありませんが、窓が目立つ町でした。またベラット城という城が丘の上にあり、そこからの展望は非常に良いです。

街を流れる川から見た風景。たしかに窓が多い

千の窓

 

首都のティラナと南の町サランダとのちょうど間にあり、ティラナ、サランダ、ギロカスタル(Gjirokaster)などからバスやミニバスで移動できます。
私はティラナからバスで行きました。運賃は非常に安く300レクでした。詳しい移動情報はこちら→アルバニアでの移動

宿はベラット城と川を挟んで反対側のゴリツァ地区ににあるBERAT BACKPACKERS(ベラットバックパッカーズ)というところにしました。特に宿の情報は持っていなかったのですが、バス停にいた客引きの少年に10ユーロで泊めてやると言われたのでここに決めました。宿のオーナーは10ユーロという価格に満足していないようでした。

 

川沿いから坂を上っていくとベラット城に到着します。

城までの坂道1

 

ベラット城。修復はほとんどされていないように見えましたが、趣があってちょうどよいです。ベラット城

 

 

ベラットの教会

 

 

城からの景色。川の向かい側にあるゴリツァ地区が見えます。城からの景色

観光客はほとんどおらず、ゆっくりと景色を楽しめます。
日本や他の国にこのような町があればもっと観光客がいてもおかしくないですが、アルバニアということもあって観光客が少ないのでしょう。
土産物を売っているおばあさんもいましたが、儲かるのでしょうか?

夜はライトアップされていてきれいです。(下の写真では非常にわかりずらいですが)
夜になると川沿いの道は地元の人で賑わっていました。川沿いの夜の景色

ベラットはゆっくりするのにちょうどよい町でした。アルバニアでは一番好きな観光地です。

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ミュンヘン観光と奇抜な宿泊施設(テント)に宿泊

テント1

ミュンヘンはドイツの南部にあるバイエルン州最大の都市で日本からの直行便もある日本人には行きやすい都市ですが、ホテル代などは当然高くバックパッカーには厳しい地域でもあります。

今回はミュンヘン中央駅からもそこそこ近い場所に7.5ユーロからという非常に安い値段で泊まれる宿泊施設を発見したので泊まりに行きました。ここはThe Tentという宿でホームページの画像ではサーカスのようなテントが写っていました。

ここに泊まった友達によると夏でも夜は以上に寒く寝るのも難しいらしいです。

ミュンヘンにはスロベニアの首都リュブリャナからバスで来ましたが、到着時間が深夜0時ということもあり、ドイツ初日はバスターミナルで野宿し、翌日の夜にここに泊まりました。

The Tentはミュンヘンの街中に歩いて行けるような距離ではないので、一度荷物を置きに行くようなことはせず夜までは観光しました。

ここはミュンヘンの博物館。規模が大きく、中身はかなり手の込んだものでした。
ミュンヘン博物館

市庁舎
市庁舎

反対側のタワーに上れば仕掛け時計の動きが見れます。しかしそんなにたいしたものではなく、拍子抜けしました。
仕掛け時計

この後まだまだ時間があったので列車で世界遺産の街レーゲンスブルグに行きました。
バイエルン州にはバイエルンチケットという便利な乗り放題チケットがあり、それを使いました。レーゲンスブルグについては次の記事で書きたいと思います。

ミュンヘン中央駅に帰ってきたのは21時を過ぎていました。ここからはSバーンでmoosach駅まで行き、そこから30分ほど歩いて今日の宿であるThe Tentに行きました。

moosach周辺は住宅街ですが、夜10時ということもあり人を全く見ませんでした。
20分ほど進むと広い公園のような地域に入り、すぐに大きなテントが見えました。
宿までの道

わかりやすい写真を撮っていなかったのですが、だいたいこんな感じです。
テント

受付で聞くと床は7.5ユーロ、ベッドは9.5ユーロとのこと
友達はベッドを選択しても寒かったと言っていたので、どうせ寒いなら安いほうが良いと思い床を選択しました。

ここに入った瞬間どういうわけか外よりも寒く感じました(笑

寝袋は持っていたので毛布2枚とマット1枚を借りました。借りるのは無料です。
9月は毛布一枚では厳しいです。

キッチンのある小屋があるのですが、使用は23時までとのことです。仕方ないので大急ぎでスーパーで買っておいたパスタを作りました。
ラッキーなことにもう食べきれないからということでいろいろ食材をもらえました。

食事が終わって気分が落ち着くと9月だというのにかなり寒いことに気が付きました。
20人くらいの白人がキャンプファイヤーをしていましたが、日本人だとキャンプファイヤーなんてしたくなくなる寒さです。

シャワーは大人数を収容できる宿泊施設ということもあり、大量にあり、かなり清潔で熱めのお湯も出ます。
体の芯が温まるまでシャワーを浴びましたが、この気温だとすぐ冷めます。仕方ないので持っていたペットボトルにお湯を入れて湯たんぽ代わりにしました。

こんな感じで寝ます。冬の夜に体育館で寝るようなものです。床に寝るので他の人と相部屋とか男女部屋別とかそういう概念はないです。
好きな場所で好きな方向を向いて寝るみたいです。
テント1

深夜0時ころにはキャンプファイヤーをしていた連中も寝始めて静かになってきたので寝ました。
重装備で寝たので寒すぎて眠れないということはなかったですが、かなり寒くなる朝5時には目が覚めました。

サーカスのようなテントで寝るという面白い体験ができてよかったですが、一泊で十分です。
旅の思い出に奇抜な宿に泊まりたいという方にはオススメですが、寒い季節にミュンヘンを訪れる旅行者にはおススメはできません。

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アルバニアの秘境ブルーアイに行ってきた

ブルーアイ

アルバニアの秘境ブルーアイを紹介します。

アルバニアは日本人の旅行先としても人気のギリシャと接しており、その北にある国ですが、日本人には観光地としてほとんどなじみのない国です。しかし、文化的な見所としてはベラット(Berat)、ギロカスタル(Gjirokaster)があり、自然の見所としては今回紹介するブルーアイ(Syri i Kalter)があります。

ブルーアイはアルバニアの南部に位置し、ギロカスタルとサランダの中間くらいにあります。

ネットで調べた情報によると中国の九寨溝の小さい版のような場所ということです。九寨溝は大好きなのでここも訪れてみることにしました。
秘境とはいえギロカスタルやサランダからミニバス一本で行けるので行き方はかなり簡単です。

今回はギロカスタルを朝に出発し、ブルーアイを観光した後にサランダに行くことにしました。

ギロカスタルの宿から見たギロカスタル城
ギロカスタル城

ここから少し坂を下って大通りに出ます。大通りへの行き方は一番近い道を宿の人に聞きましょう。

まずギロカスタルからミニバスに乗ります。
ミニバスは乗客を集めるために行ったり来たりするので見つけるのは難しくないのですが、歩いている人に聞くなりして確認した方がよいです。アルバニアのミニバスは基本的に乗客がある程度集まるまでは出発しません。
僕の時は乗りこんでから30分くらいしてようやく乗客が集まったのでサランダに向けて出発しました。

途中の山の斜面。岩がたくさんあって不思議な景色です。
山の斜面

運転手はSyri i kalterブルーアイと言えばすぐにわかってくれ、ちゃんと入口で降ろしてくれました。
ブルーアイ入口

ギロカスタルからここまで300レク(1アルバニアレク=約1円なので300円)です。アルバニアは物価が安いので旅行しやすいのです。

幹線道路から見えるゲート
ゲート
これをくぐって進んでいきます。ここから20分ほど歩けばブルーアイに到着です。

このゲートをくぐってすぐに守衛室があるのでそこで50レク支払います

歩いているとどんどん後ろから車に追い抜かれます。
アルバニア人には有名な観光地のようです。

ダムのある大きな湖を超えた後はこれにそそぐ川沿いをじょじょに登っていきます。
湖

道は歩きやすいです。
SN3J2629

このような休憩できる施設もあります。
休憩場所

非常に青く透明度も高いです。
ブルーアイ2

ブルーアイ6

奥に進むとこの透明度の高い水がわき出ている部分があり、この写真の左上の突きでた部分から眺めることができます。ここは狭いのですが、ブルーシートを敷いて寝転がっている白人カップルもいました。
ブルーアイ7

上から見た水が湧き出ている場所
ブルーアイ3

ブルーアイ4

いちばん深いところでは深さが50メートル以上あるようです。
展示

9月とはいえど水は冷たいですが、泳いでいる人も少しいました。

ネットでの情報の通り九寨溝を小さくしたようなもので非常に美しく、来てよかったと思いました。
天気も良かったので座って1時間ほどこの湧き出ている部分を見て休憩しました。見ていると心も研ぎ澄まされているような気分になりました。

帰りは来た時にミニバスを降りたところで30分ほど待ち、サランダ行きのミニバスに乗りました。200レク(約200円)でした
昼はだいたい1時間に一本あるといえど乗客の集まり具合にもよるのではっきりとミニバスの来る時間がわからないのがつらいところです。

サランダまでは1時間もかからずに到着しました。

手軽に行ける場所なのでアルバニア観光に来たならブルーアイに寄ることをお勧めします。

※僕が訪れたのは2013年9月なのでミニバスの事情などが変わっているかもしれないので注意してください。

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謎の国ブルンジの宿

旅行者が少ないため、旅行者向きと言える宿はない。宿の値段は設備の割に高い。

参考:1ブルンジフラン(BIF)=0.06535円

ブジュンブラの宿

Hotel Residence
場所:中心地の近く(詳しい場所は不明)、バスターミナルに張り紙あり

バスターミナルからバイクタクシーで1000BF
料金:シングル:15000ブルンジフラン(約9ドル)
設備:室内にトイレ、シャワーあり
コメント
ブジュンブラのというかブルンジの宿はネットで調べてみても高いところしか見つからなかった。

そのためどうしようかと思っていたが、ブジュンブラのバスターミナルに到着してバス会社のオフィスなどに張り付けてあるチラシを見てみると、8ドル程度で泊まれるところが

いくつか載っていたので、一番近いresident hotelに決定した。

張り紙では12000~フランとなっていたが、安い部屋は埋まっているらしく、15000ブルンジフランの部屋に泊まった。
どこの宿も同じような感じかもしれないが、室内は蚊が非常に多い。念のために蚊取り線香3つと殺虫スプレーで蚊を一掃した。
中心部には歩いて行ける距離だった。

早朝発のバスなのでバスターミナルまで早朝に行く手段があるのかと聞くとスタッフは早朝にタクシーが来ると答えたのでここに泊まった。
早朝に起きてスタッフの所に行くと、タクシーはまだ来ていないと言う
「いつもならたいていこの時間にこの場所を通る」
えっ それやったら乗れないかもしれないやん
ってことでめちゃくちゃ焦っていたら他の現地人宿泊客も出てきて、二人で待った。

待つこと30分偶然タクシーが通りかかり乗ることができた。
既にバスターミナルに行きたい人が一人乗っていたので乗客は3人
なんと現地人の一人がバスステーションに着いた瞬間に金を払わず降りてどこかに消えた。
どうなってんねん

参考:謎の国ブルンジでの移動
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テーブルマウンテン登山は甘くない

ケープタウンでテーブルマウンテン登山をした時の記録(2013年3月)です。サンダルで登りました
所要時間:5時間半(登りも下りも徒歩)

テーブルマウンテンというものは他の国にもあるらしいですが、南アフリカのケープタウンのものが有名で観光名所になっています。

頂上部がきれいに平らになっていて町の中心部からよく見えます。
町から見たテーブルマウンテン

標高は1086メートルなのでケープタウンの中心部からだと頂上まで1000メートル以上登ることになります。

せっかくケープタウンに来たのだから、ロープウェイを使わずにテーブルマウンテンに登ろうと思い、意気揚々と出発したのですがめちゃくちゃ疲れました。アフリカをエジプトから空路を使わずに縦断してきたので十分筋肉は付いていると思っていましたが、かなりの筋肉痛になりました

朝11:30に宿を出発 出発時間をもっと早くすればよかったと後から後悔
宿は中心部のロングストリート上にあったのでここから歩いてロープウェイ乗り場まで1時間。

今回は乗らないですがロープウェイの値段は往復195ランド、片道100ランド

基本的に超節約スタイルなのでとりあえず登ってみて、かなり疲れていたら下りでロープウェイを使うことに決定。

最初はロープウェイの通過場所の真下を歩いて登ります。
テーブルマウンテンのロープウェイ

ロープウェイ乗り場の直前にある登り口から登り始めました。この時点で既に降りてきている人たちに多く出会いました。
後ろを見ても自分の後から登ってくる人はいない。

治安が悪い都市(ヨハネスブルグ等)で有名な南アフリカでも、ケープタウンの治安はいいようですが、登山中でも人気がなくなると危険という情報を知っていたの暗くなるまでに下山しようと思い急ぎました

30分ほど登ったところでロープウェイの真下からそれて左に進みます。
テーブルマウンテンにある標識

そのままロープウェイの下を歩くのはほぼ無理でしょう。

テーブルマウンテンのロープウェイ

登り始めて1時間半くらいからは激しい登り
途中には足場の悪いところも少しあります。
登山道

風がすごく強いので気を付けて登りました。突然転びそうになるほどの強風が吹きます
サンダルということもあり、下りは危ないのでロープウェイに乗ろうと決心しました
下を見るとこんな感じ
登ってきた道

約3時間かけて登頂
宿から歩いてきたのでそれも含めると4時間かかりました。もう体力は0です。
ちなみにサンダルはおすすめしません

頂上はこんな感じ
テーブルマウンテンの頂上
テーブルマウンテンという名前が付くだけあって頂上は平らでした。

景色はめちゃくちゃ綺麗 晴天だったのでケープタウンの町がよく見えます。
テーブルマウンテンからの景色1

テーブルマウンテンからのケープタウンの景色

綺麗な景色を十分眺めたので後はロープウェイで降りるだけです。
ロープウェイ乗り場に行ってみると

 

なんと!閉まっていました

強風のためにまだ16:00でしたが既に今日の運行は終了していたようです。
ロープウェイのチケット売り場
頂上のチケット売り場は閉まっていて、付属のショップも閉まっています。

仕方ないので登ってきた道を歩いて下ることにしたところ、他にもこの時間から下る人は何人かいたので多少安心。
急ぎ足で下って18:00にスタート地点の登り口まで戻りました。

他の下山者は途中から別の道を進んでいたので、他の道もあるようです

せっかく今日一日歩いたのだからということで、宿までバスを使わず歩いて帰りました。

結局極度の筋肉痛になり、次の日に参加した喜望峰ツアーで自転車に乗りましたが、筋肉痛のために遅すぎて他のメンバーに置いていかれてしまいました。

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ピグミーを訪ねて

ピグミーというのはアフリカ中央部に住む大人でも身長が150センチくらいにしかならない民族で、もともとは森の中で狩猟採集生活をしていて、狩りで得た獲物を農作物と交換していた。
現在では定住している者が多いが、差別されることも多く、まともな仕事がないものも多いらしい。トゥワTwaまたはバトゥアBatwaとも呼ばれる。

実際のところピグミーについては大学の一般教養の講義で多少習ったくらいでほとんど知らなかった。ビデオで実際に狩りをしているところを見たが、獲物は小型のシカの一種などで、小さいものが多かった。

その講義ではコンゴのピグミー族が取り上げられていたので、コンゴでないとピグミーには会えないと思っていた。しかし調べてみるとウガンダ、ルワンダ、コンゴにいるらしい。

 

今回は比較的容易に訪れることができるウガンダのピグミー族を訪れることにした。
自分は世界一周中なのでそれほど苦も無く訪れることができたが、日本からウガンダに行くとなると
直行便がないので14時間はかかるみたいだ。

ピグミー族の村への拠点はウガンダの首都カンパラからバスで5時間ほどの距離のフォートポータルという町で、すぐそこにコンゴとの国境がある。ピグミー族の村はこのフォートポータルからマタツ(ハイエースを改造した乗り合いタクシー)のブンディブギョ行きに乗り2時間弱で行ける(乗り場は地球の歩き方にも載っていてBwamba rode沿いにある)
ちなみにトラックの荷台に乗って行く方法もあるらしい。

こちらで行き方について詳しく書いています。
ウガンダの移動と宿

 

フォートポータルで走り出したブンディブギョ行きのマタツを見つけて、追いかけたら道に止まっていたトラックのミラーに肩がぶつかり、それが落ちて粉々に割れてしまった。どんだけミラーがモロいねんって思ったが、謝って50000ウガンダシリング(約2000円)弁償代として払った。

地元の人によるとKtandiという所でマタツを降りればよいということだった。
フォートポータルからKtandiまで10000ウガンダシリング(約400円)

アフリカではよくあることだが、この乗り合いマタツは満員で山道ということもあり、けっこう体力を使った。風景は綺麗だが、片側が崖の状態でも速度を出すのでヒヤヒヤする。

青いバナナを幹ごと(?)自転車に取り付けて運んでいる人をどんどん追い抜いていく。
合計200本ほど運んでいるように見えた。いやもっと運んでいたかもしれない。
ウガンダではこの青いバナナをすりつぶしてからゆでて主食として食べている。このバナナは甘くないので、日本人には美味しいと感じられないと思われる。

2時間ほどでKtandiに到着
この降り場はメインの道から進行方向左手に一本の細い道が分岐しているだけ。目印になるのは進行方向右手にある大きな木。この木の下にはちょっとした屋台があった。

ここで地元の人も何人か降りた。
バイクタクシーも2.3台待機していたが歩いてこの小さい道を進んだ。

すぐに何件かの民家が現れ、人も増えてきたが、全員よく見るウガンダ人の大きさで、背が低くてピグミーと言えるような人はいなかった。実際のところウガンダ人も日本人が想像するような黒人ほど背は高くなく、日本人と変わらないくらいの身長しかない。というよりウガンダを含めてアフリカにすむ人達は日本人が想像するほど背が高く、がっしりしているわけではない。

どんどん進んで行くと学校があり、ウガンダ人の子供たちが珍しそうに東洋人の僕を見ていた。
さらに進むと山道になっていった。
カカオの木がたくさん栽培されていた。

もうかれこれ40分も歩いていてたどり着かないのでおかしいなと思い始めていたが、人がいないので聞くこともできず困っていた所に、一つの小さな小屋で若者が薬局をしているのを発見した。ここでピグミーの村の場所を聞くがピグミーと言っても理解してくれない。そもそも英語が得意でないようだ。

まさか乗り合いマタツを降りた場所を間違ったのかと思ったが、中腰になって、「ショート」とか「スモール」とか連呼したところ、「バットゥワ」と言われた。

この時点でピグミーがトゥワとかバットゥワとも呼ばれていたことをやっと思い出した。
この若者によるとどうやらだいぶ戻らないといけないらしい
仕方ないのでマタツを降りた場所に向かって歩いた。念のため人に出会うごとにバットゥワ?と尋ねた。

 

結局マタツを降りた所から約10分の所にピグミーの村はあった。
村には何軒かの家があり、どの家もここにたどり着くまでの過程で見てきた家よりもさらに簡素なものだった。

家に近づいて行くとすぐに子供たちが走りよってきて手を出してきた。お金やキャンディーが欲しいのだろう。
さっきまでも田舎道を歩いていたが子供がねだってくることはなかった。やはりピグミー村は観光客がわずかながらも来るからだろう。

ちょっと様子をうかがっていると大人と思える人達も集まってきた。子供だと遺伝的に小さいのかどうか判断できないが、大人は確実に小さい
男で150センチほどだった。女の人は男より少し小さいくらいだったので女性だけだとピグミー族と判断できたかわからない

この村には30人ほど住んでいるようだった。
子供は服を着てない子もいて、栄養失調気味の子もいた。

若干英語を話せるおっさんがいて、自分のことを王だと言っていた。王のわりにはボロボロのシャツを着ているなあ。後で知ったことだが、ピグミー族の境遇は悪く、マイノリティーということもあり、差別されてしまいなかなかまともな職にありつくことができないらしい。さっき歩いていた道にいた人たちよりも見た感じでは貧しそうだった。

この自称王のおっさんが、みんなの集合写真を撮らせてやるとか、家の中を案内してやるとか、ダンスを見せてやるだの言ってきた。
事前に調べた情報によると、後で写真代や観賞代を請求してくるらしい

フォートポータルでトラックのミラー代を払ったせいで資金に余裕がなかったということもあり、家の中は少し見えていたので、写真だけ撮らせてもらえばいいやと思って値段交渉をしていた。その最中も子供が弓矢や楽器、おもちゃなど、とにかく物を売ろうとしてくる。

突然一つの家の中からアジア人女性が出てきた。まさかこんなところで会うとは思わなかったが日本人だった。
やはりダンスを見せられたらしい。お金を請求されていたが値下げ交渉をしていた。

この女性と村からちょっと離れたところを歩いているとかなり酒臭い背の低いおっさんが歩いてきた。話しかけると相当酔っぱらっているとわかった。写真を一緒に撮りたいと言うと、急にTシャツを脱いで中国拳法?のようなポーズをとりだした。

アジア人=ジャッキーチェンとでも思っているのか?
一人につき写真代2500ウガンダシリング(約100円)という約束をして、一緒に写真を取った。

お金をもらったこのおっさんは気分良く村の方に帰って行った。
お昼から酒に酔っているということは仕事がないということか?実際こういうお金の渡し方が彼らのためになるのかはわからないが、朝にミラー代を払っていなければ、ダンスなどを見てお金を払ってもよかったかなと感じた。

帰りは来た時に降りたところで待っていたら30分ほどでマタツが来たので出会った日本人と帰った。

 

正直なところ、このピグミー村を訪れてもさほど訪れ甲斐を感じなかった。というのは150センチという身長はそれほど驚くようなものではなかったからだ。
しかし少数民族の境遇を考えさせられた一日だった。
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参考:ウガンダの移動と宿

スーダンへの超満員フェリーに乗船

アフリカを縦断しようとする長期旅行者がよく使うのがエジプトのアスワンとスーダンのワディハルファ間を行き来する週一回のフェリー

乗客の多さと過酷な環境であることで有名です。

チケットは2013年1月の時点では乗船当日に港でも買えたようですが、先に買っておく方がベターでしょう。

ここでチケット購入について詳しく書いてます。
スーダンへのエジプトのアスワンからのフェリーチケット

乗船初日
アスワンからスーダンのワディハルファへのフェリーが出る船着き場には3等列車で行ける。
タクシーでも行けるが3等列車が1.5ポンドなのでものすごく安い! 料金は列車内で車掌に払う

 

アスワン駅から朝8:00に出発する列車に乗った。
スーダンへのフェリーが出るので大勢の人がこの列車に乗るのかと思っていたがそんなことはなかった。
終点の列車駅に着いて若干来た方向に戻り、駅から出ると大量の人がいた。
ここが船着き場だった。

 

どう見てもみんな荷物が多すぎる。
大型バスやハイエースが何台か止まっていた。列車を使わずにみんなこのように荷物を輸送できる手段で来るのだろう
イミグレーションに進む方向の門が閉まっており、みんなこの前で座って待っていた。
自分もここに一緒に座って待つ。

門が開いたと同時に一斉に雪崩のようにみんな突っ込んでいく。
それを静止する係員がいるが、その係員の目を盗んで先に進んだり、係員と口喧嘩を始める者もいる。
スーダンへのフェリーはボロボロで環境がひどいと聞いていたが、乗る前からこれでは先が思いやられる。
ひとまずこのゲートのところで港使用税40ポンドを払う
そして先に進む

次は出国手続きだが、ここで出国税2ポンドを払う
ここでも大量の人ともみくちゃになった。
なんとか手続きを済ませ船着き場に向かった。

他にも船は泊まっていたが、聞いてはいたとおり、乗るフェリーはかなりボロボロだ。
しかも港にいた人数を考えるとやけに小さい。
すぐに乗りこみ、荷物を置いて席を確保した。

結局乗りこめたのは11:30頃だったが、この時点では席はだいぶあいていた。
しかしどんどん人と荷物が積まれてきて12:30頃には座るところはほぼなくなった。

結局韓国人旅行者2人と日本人旅行者1人が後から来たので4人で固まることにした。
これでトイレに行っても場所を奪われることはなくなった。

デッキに行ってみたところここは船内よりもさらに荷物と人だらけだった。
救命用ボートの中にも人が乗っていた。
どうなってんねん
この船よく沈まないなあ
エジプトはアフリカという感じがしなかったが、この船はTHE アフリカという感じだ。
これ以降はずっとこんな感じなのだろうか。

 

大量のテレビのチューナを持っていた席の近くのスーダン人のおっさんに聞くと、エジプトで買い物をしてそれをスーダンの自分の店で売るらしい
船で輸入という方法を取ると税金を取られるから自分でこのように運んだほうが安いのだろうか?
荷物の重さ制限するとか一定重量以上は追加料金をとるなどすればいいのに

 

実際のところ、船内の席は荷物を通路に置いたり、席に寝そべることをやめれば、もう少し多くの人が船内に座ることができるのだが、譲り合いの精神というものはないらしい。

5人分の席を一人占めして寝ころんでいるおっさんもいる。

出発したのは17:00頃だったと思う。これで確実にスーダンに行けるとわかり、安心した。
といっても周りに荷物だらけで油断すると席を奪われる可能性があるので、落ち着いてはいられなかった。

船の乗客には外国人に興味のあるものも多く、しょっちゅうどこから来たのか?とかスーダンに何をしに行くのかとか尋ねられた。
そもそもこの乗客たちは暇つぶしをするものを持ちこんでいないので話すしかすることがないようだった。

 

服装がおしゃれなスーダン人もおり、かなり仲良くなった。イギリスに留学していたらしく、英語もかなり流暢。
将来はイギリスに住みたいと言っていた。

夕食は食堂に食べに行く。
食堂もかなり混んでいるのでちょっと列に並ぶ。
食事は焼いたチキンと野菜があった気がする。とにかくそこそこお腹が膨れた。

船の2階に行ってスーダンの入国手続きをしてもらった。これはすぐに終わる

夜はかなり冷えるので船内を確保できてよかった。ちなみに一等船室はそこそこ綺麗で、トイレも一等専用の物がある。

2日目

朝にアブシンベル付近を通過するので一等区画にあるデッキに行った。おそらく一等区画は二等の人たちは行けないようなのだが、外国人ということで行かせてもらえたようだ。
一等のトイレは二等より綺麗だったが、水漏れしていたらしく、床が水浸しだった。

アブシンベルとの距離はそこそこあるが、見ることはできた。

結局12:00頃にスーダンのワディハルファの船着き場に着いた。

降りるのもなかなか困難を極めていた。みんな大量の荷物を運びだそうとするので通路を通りにくい。
窓から荷物を運び出すものもいた。
なんとか船から降りた後に外をみてみたが、船着き場と言ってもほぼ何もない
エジプトの船着き場はまだ建物を見ることができたが、こちらは荷物チェック用小屋があるくらいだ。

ここからは乗り合いハイエースでワディハルファの中心部に行ける。

チケットを買うのも、実際に乗るのもだいぶ体力を使うフェリーだが、なにはともあれスーダンに無事に移動できてよかった。

チケット購入の参考:スーダンへのエジプトのアスワンからのフェリーチケット

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キルギス人、カザフスタン人はめっちゃ親切

世界一周中に親切にしてもらったことはいろいろな国で何度もあった

ただ自分はカザフスタンとキルギスで受けた親切が一番印象に残った。というのはスーダンやイラン、バングラデシュでやたらと親切にされたという話は聞いたことがあったが、中央アジアでそのようなことは聞いたことがなかったためである。

さらに日本で「おもてなし」という言葉が流行ったらしいが、これらの国の「おもてなし」もすごいと感じた。

 

まず中国のカシュガルからウルグチャットの国境を通過して陸路でキルギスに入ったわけだが、この過程でヒッチハイクをした。自分が乗ることになった車をチャーターしていたキルギス人家族に招かれ、家に泊めてもらえた。

中国の旅行から親戚が帰国するということでこの家族の家に親戚一同が集まっていたらしい。急に泊まることになったにも関わらずみんな大歓迎してくれた。

 

さらに翌日はその家族の長の孫にあたる同世代の学生2人がオシュの観光に連れて行ってくれた。

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オシュにあるスレイマン山から見た景色
ここには滑ると体に良いと言われるツルツルの岩もある。現地人は滑りまくっていた。

本当に楽しかった。

 

カザフスタンでは乗り合いタクシーに乗ったら、運転手がやたらと話しかけてきて、列車の時刻を言うと他の乗客を降ろした後にそのまま自分の家に連れて行ってくれた。

 

後から運賃とは別に追加で料金を取るのじゃないかと思い心配になったが、ただのいい人だった。

 

家では奥さんと子供が出迎えてくれ、おいしい夕食をごちそうしてくれた。
300psekairyokoudejikame4256
これ以外にも後から食事が出てきたが時間の都合上それほど食べれなかった。

そして大量のお菓子を渡され、駅まで車でぶっとばして動き出した列車になんとか乗れた。

 

日本だと誘拐犯と間違われそうなことがこういう国では普通に起こるからびっくりする

ちなみにこの乗り合いタクシー運転手の家は超大型テレビがあり、室内もかなり広くて綺麗だった。乗り合いタクシー運転手は儲かるようだ。

 

カザフスタンは宿代がかなり高いので6000円以上の宿しか見つからず、1000円くらいで泊めてと頼んでみたら普通に泊めてくれ、次の日も駅まで送ってくれた人もいた。
他にも道を聞いたら一緒に来てくれ、タクシー代も払ってくれたひとや、車で目的地の宿まで送ってくれた人もいた。

 

このあたりの地域では外国人と言っても旧ソ連の国の人ばかりで、日本人は珍しいらしい

 

珍しいから大歓迎してくれるのもあるとは思う. とは言うもののお店で買い物をするような自分が客である時だとそれほど親切にされることはない

 

日本の場合はお金をもらって提供するサービスに関しては非常に丁寧なので、これは日本の逆だなと感じた。

 

それほど有名な観光名所がないキルギスとカザフスタンですが、キルギスならビザがいらない、カザフスタンビザも無料ですぐ取れるのでこのように人の親切心を感じるために旅行してみるのも悪くないかなと思いました。

 

キルギスのビシュケクで取るカザフスタンビザについてはここで書いてます。
カザフスタン・アゼルバイジャンなどの中央アジア・コーカサスのビザ情報と概要

 

中国-キルギス国境のイルケシュタム峠超えの苦難

イルケシュタム峠が中国とキルギス国境地帯にあります。旅行者の拠点となる町は中国側はカシュガル、キルギス側はオシュで、この二つならある程度宿泊施設があります。カシュガル、オシュの距離は520㎞もあります。直通バスは570元(週2日運行)

 

この国境の特徴は中国側の最初のイミグレーションとキルギス側イミグレーションの距離が異常に長いこと

最初のイミグレーションからキルギス側までの移動に車で4時間もかかった。

中国側の国境はウルグチャット(烏恰県という所にあり、ここには宿自体が少なく、見つけた宿も外国人が泊まれるものではなかった。
SN3J7918
無機質なビルが大量に立ち並んでいる。住民はほとんど漢民族のようだった。

300psekairyokoudejikame(3814)
ウルグチャットに見どころはおそらくない。丘の上に公園がある程度

というわけで中国側の拠点はウルグチャット(烏恰県)から車で2時間のカシュガルになる。

 

10:00には国境が開くだろうと思い、8:00にカシュガルのバスターミナル前(バスターミナルの前ではない)からウルグチャット(烏恰県)行きの乗用車(一人30元)に乗ってウルグチャットのバスターミナルに行き、そこから国境までの車(1台20元)に乗り換えて国境に着く

実はこのイミグレーションには2回行くことになった。

 

一回目はカシュガル周辺の地域一帯の祝日だったので閉まっていた。結局2日後に国境が開くとわかったのでカシュガルまで戻った。もっと下調べをしておくべきだった。

 

さてこの中国側イミグレーションの荷物検査が異常に厳しい

 

荷物をX線検査に通した後、バックから全ての荷物を取りだして係員に見せる。
さらに本の中身やデジカメやパソコンに保存してある写真も見せる

中国国外に持ち出してはいけない写真を調べるらしい。

 

画像を一枚ずつ調べ出したのでこれは相当時間がかかるなあと思っていたら、最初の100枚くらいで写真チェック終了

とは言えかなり時間がかかった。このチェックに引っかかると別室送りにされるみたいだ

 

 

当然かなりの時間がかかる。そしてこの後またX線検査をした

なんで二回もする必要があるんだ?

結局時間はかかったが無事にスタンプがもらえた

出国スタンプを押されるのは最初のイミグレーションだけだが、この後にもチェックポイントはある

 

ちなみに一緒にいた自転車旅行者のドイツ人旅行者達は荷物が多すぎるせいか、軽いチェックしかされていなかった。

 

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最近ベジタリアンになったというドイツ人旅行者の自転車
肉を食べずにこんな重そうな自転車でよく移動できるなあ

 

 

次の日にカシュガルからオシュまでのバスに乗った人によると、たいして検査されなかったらしい。係員によって検査の厳しさが違うのか、バスの乗客全員の荷物をチェックするのが面倒だからか?まあ流石中国だなという感じ

 

このイミグレーションからはヒッチハイクでキルギスを目指す

キルギス側イミグレーションまでは絶対に車で移動しないといけないらしい

 

ヒッチハイクは中国のイミグレーション職員が手伝ってくれる

しかし自分の乗るトラックや車は自分で選ぶ方が納得できるので自分で見つけた方が良さそうだ。

ラッキーなことにキルギス人旅行者のチャーターした車に乗に乗せてもらえることになった。基本的にみんなトラックにいくらかお金を払って乗ることになるようだ。

 

 

全く想像していなかったのだが、このイルケシュタム峠の景色が綺麗
ほとんど人間の手が加わっていないからだろう
ビルが立ち並ぶウルグチャットとは大違いだ。

 

遊牧民族が住んでおり、羊を放牧していた。野生ではないと思うがラクダもいた

 

4時間後に次の中国側イミグレーションに着いた。ここからはなぜか今までの車は通れないらしく、30分ほど待って後ろから来たダンプカーに乗せてもらった。ホントに複雑なシステムだ。

ここでドイツ人チャリダー達と再開した。この人達は自転車をトラックに積んで移動したらしい

 

そして16:00頃にキルギスのイミグレーションに到着

 

ここでは荷物検査も何もなくすぐに入国スタンプがもらえた

中国側と比べたらこんなに簡単でいいの?って感じ

 

 

入国スタンプをもらってほっとしたのもつかの間、すぐにタクシーの運ちゃんが「オシュまで行こう」と言って営業をかけてきた。

 

結局一緒にここまで来たキルギス人の家族の迎えの車に乗せてもらい、その家族の家に泊めてもらった。この家族の家はオシュにあった。

 

 

しかしこのキルギス人家族がお土産を買いまくっていたにもかかわらず、一人人数が増えたせいで車の中がパンパンになり、荷物に圧縮されて相当体が痛かった キルギス人家族にまで迷惑をかけてしまい、申し訳ないと感じたが、何はともあれ無事に泊まるところを見つけられてよかった。

 

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泊めてもらったキルギス人家族の家での晩御飯 キルギスのナンは美味しい

 

 

ルギス側のイミグレーションを業務終了時間までに通れないと、ヒッチハイクしたトラックの中で寝て翌日の開始時間まで待つことになるらしい

この国境を通ったのは10月末だったが、相当寒い

 

 

ほんとに奇妙な国境だった。イルケシュタム峠が絶景だったのと親切なキルギス人家族に出会えたので良かったとしよう。

こんな感じで陸路国境越えは面倒なこともあります

 

 

陸路国境越えのメリットとデメリット

世界一周中は陸路国境越えにこだわりました。飛行機を使えば楽に移動できるのは確かだと思いますが、陸路国境超えの達成感は大きいです。ただし、二度と越えたくない国境もあります(笑)

陸路国境越え

メリット

  • 飛行機よりも一般的に交通機関の運賃が安い
  • チケットを買ったらすぐに乗れる
  • 空港がない場所に行くもしくは滞在しているなら、直接バスや鉄道で目的地に移動した方が飛行機より早い場合がある
  • 国境を越えてすぐに文化の違いを感じることができる

デメリット

  • 飛行機より時間がかかる
  • 飛行機も格安航空会社(LCC)やキャンペーン割引チケットを買えば陸路移動よりも安くなる
  • 陸路国境には治安の悪い場所も多いが、そこを通らなくてよい
  • 疲労が溜まる
  • 国によっては国境の役人が賄賂を請求してくる
  • 昼しか開いていない国境も多い

まあこんな感じで当然メリットもデメリットもあります。
デメリットの方が多く重い浮かんでしまった (-_-;)

とは言え長期旅行のような頻繁に予定が変わる場合には飛行機は使いずらいのでバスや鉄道は非常に便利でした。

超面倒だった陸路国境ですぐに思いつくものだと

中国-キルギス国境…荷物チェックに時間がかかり過ぎる。景色は綺麗だが、両国のイミグレーションの距離が離れすぎている。

エジプト-スーダン国境…船で移動するのだが、乗客が小さい船なのに多すぎるため、環境が悪いとしか言えない。チケットを購入するのにも一苦労です。

エチオピア-ケニア国境…ケニア側の道路がでこぼこ過ぎて極度の疲労がたまる

次回はこのうちのどれか一つの国境越えの体験談を書きたいと思います。