謎の国ブルンジの宿

旅行者が少ないため、旅行者向きと言える宿はない。宿の値段は設備の割に高い。

参考:1ブルンジフラン(BIF)=0.06535円

ブジュンブラの宿

Hotel Residence
場所:中心地の近く(詳しい場所は不明)、バスターミナルに張り紙あり

バスターミナルからバイクタクシーで1000BF
料金:シングル:15000ブルンジフラン(約9ドル)
設備:室内にトイレ、シャワーあり
コメント
ブジュンブラのというかブルンジの宿はネットで調べてみても高いところしか見つからなかった。

そのためどうしようかと思っていたが、ブジュンブラのバスターミナルに到着してバス会社のオフィスなどに張り付けてあるチラシを見てみると、8ドル程度で泊まれるところが

いくつか載っていたので、一番近いresident hotelに決定した。

張り紙では12000~フランとなっていたが、安い部屋は埋まっているらしく、15000ブルンジフランの部屋に泊まった。
どこの宿も同じような感じかもしれないが、室内は蚊が非常に多い。念のために蚊取り線香3つと殺虫スプレーで蚊を一掃した。
中心部には歩いて行ける距離だった。

早朝発のバスなのでバスターミナルまで早朝に行く手段があるのかと聞くとスタッフは早朝にタクシーが来ると答えたのでここに泊まった。
早朝に起きてスタッフの所に行くと、タクシーはまだ来ていないと言う
「いつもならたいていこの時間にこの場所を通る」
えっ それやったら乗れないかもしれないやん
ってことでめちゃくちゃ焦っていたら他の現地人宿泊客も出てきて、二人で待った。

待つこと30分偶然タクシーが通りかかり乗ることができた。
既にバスターミナルに行きたい人が一人乗っていたので乗客は3人
なんと現地人の一人がバスステーションに着いた瞬間に金を払わず降りてどこかに消えた。
どうなってんねん

参考:謎の国ブルンジでの移動
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テーブルマウンテン登山は甘くない

ケープタウンでテーブルマウンテン登山をした時の記録(2013年3月)です。サンダルで登りました
所要時間:5時間半(登りも下りも徒歩)

テーブルマウンテンというものは他の国にもあるらしいですが、南アフリカのケープタウンのものが有名で観光名所になっています。

頂上部がきれいに平らになっていて町の中心部からよく見えます。
町から見たテーブルマウンテン

標高は1086メートルなのでケープタウンの中心部からだと頂上まで1000メートル以上登ることになります。

せっかくケープタウンに来たのだから、ロープウェイを使わずにテーブルマウンテンに登ろうと思い、意気揚々と出発したのですがめちゃくちゃ疲れました。アフリカをエジプトから空路を使わずに縦断してきたので十分筋肉は付いていると思っていましたが、かなりの筋肉痛になりました

朝11:30に宿を出発 出発時間をもっと早くすればよかったと後から後悔
宿は中心部のロングストリート上にあったのでここから歩いてロープウェイ乗り場まで1時間。

今回は乗らないですがロープウェイの値段は往復195ランド、片道100ランド

基本的に超節約スタイルなのでとりあえず登ってみて、かなり疲れていたら下りでロープウェイを使うことに決定。

最初はロープウェイの通過場所の真下を歩いて登ります。
テーブルマウンテンのロープウェイ

ロープウェイ乗り場の直前にある登り口から登り始めました。この時点で既に降りてきている人たちに多く出会いました。
後ろを見ても自分の後から登ってくる人はいない。

治安が悪い都市(ヨハネスブルグ等)で有名な南アフリカでも、ケープタウンの治安はいいようですが、登山中でも人気がなくなると危険という情報を知っていたの暗くなるまでに下山しようと思い急ぎました

30分ほど登ったところでロープウェイの真下からそれて左に進みます。
テーブルマウンテンにある標識

そのままロープウェイの下を歩くのはほぼ無理でしょう。

テーブルマウンテンのロープウェイ

登り始めて1時間半くらいからは激しい登り
途中には足場の悪いところも少しあります。
登山道

風がすごく強いので気を付けて登りました。突然転びそうになるほどの強風が吹きます
サンダルということもあり、下りは危ないのでロープウェイに乗ろうと決心しました
下を見るとこんな感じ
登ってきた道

約3時間かけて登頂
宿から歩いてきたのでそれも含めると4時間かかりました。もう体力は0です。
ちなみにサンダルはおすすめしません

頂上はこんな感じ
テーブルマウンテンの頂上
テーブルマウンテンという名前が付くだけあって頂上は平らでした。

景色はめちゃくちゃ綺麗 晴天だったのでケープタウンの町がよく見えます。
テーブルマウンテンからの景色1

テーブルマウンテンからのケープタウンの景色

綺麗な景色を十分眺めたので後はロープウェイで降りるだけです。
ロープウェイ乗り場に行ってみると

 

なんと!閉まっていました

強風のためにまだ16:00でしたが既に今日の運行は終了していたようです。
ロープウェイのチケット売り場
頂上のチケット売り場は閉まっていて、付属のショップも閉まっています。

仕方ないので登ってきた道を歩いて下ることにしたところ、他にもこの時間から下る人は何人かいたので多少安心。
急ぎ足で下って18:00にスタート地点の登り口まで戻りました。

他の下山者は途中から別の道を進んでいたので、他の道もあるようです

せっかく今日一日歩いたのだからということで、宿までバスを使わず歩いて帰りました。

結局極度の筋肉痛になり、次の日に参加した喜望峰ツアーで自転車に乗りましたが、筋肉痛のために遅すぎて他のメンバーに置いていかれてしまいました。

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ピグミーを訪ねて

ピグミーというのはアフリカ中央部に住む大人でも身長が150センチくらいにしかならない民族で、もともとは森の中で狩猟採集生活をしていて、狩りで得た獲物を農作物と交換していた。
現在では定住している者が多いが、差別されることも多く、まともな仕事がないものも多いらしい。トゥワTwaまたはバトゥアBatwaとも呼ばれる。

実際のところピグミーについては大学の一般教養の講義で多少習ったくらいでほとんど知らなかった。ビデオで実際に狩りをしているところを見たが、獲物は小型のシカの一種などで、小さいものが多かった。

その講義ではコンゴのピグミー族が取り上げられていたので、コンゴでないとピグミーには会えないと思っていた。しかし調べてみるとウガンダ、ルワンダ、コンゴにいるらしい。

 

今回は比較的容易に訪れることができるウガンダのピグミー族を訪れることにした。
自分は世界一周中なのでそれほど苦も無く訪れることができたが、日本からウガンダに行くとなると
直行便がないので14時間はかかるみたいだ。

ピグミー族の村への拠点はウガンダの首都カンパラからバスで5時間ほどの距離のフォートポータルという町で、すぐそこにコンゴとの国境がある。ピグミー族の村はこのフォートポータルからマタツ(ハイエースを改造した乗り合いタクシー)のブンディブギョ行きに乗り2時間弱で行ける(乗り場は地球の歩き方にも載っていてBwamba rode沿いにある)
ちなみにトラックの荷台に乗って行く方法もあるらしい。

こちらで行き方について詳しく書いています。
ウガンダの移動と宿

 

フォートポータルで走り出したブンディブギョ行きのマタツを見つけて、追いかけたら道に止まっていたトラックのミラーに肩がぶつかり、それが落ちて粉々に割れてしまった。どんだけミラーがモロいねんって思ったが、謝って50000ウガンダシリング(約2000円)弁償代として払った。

地元の人によるとKtandiという所でマタツを降りればよいということだった。
フォートポータルからKtandiまで10000ウガンダシリング(約400円)

アフリカではよくあることだが、この乗り合いマタツは満員で山道ということもあり、けっこう体力を使った。風景は綺麗だが、片側が崖の状態でも速度を出すのでヒヤヒヤする。

青いバナナを幹ごと(?)自転車に取り付けて運んでいる人をどんどん追い抜いていく。
合計200本ほど運んでいるように見えた。いやもっと運んでいたかもしれない。
ウガンダではこの青いバナナをすりつぶしてからゆでて主食として食べている。このバナナは甘くないので、日本人には美味しいと感じられないと思われる。

2時間ほどでKtandiに到着
この降り場はメインの道から進行方向左手に一本の細い道が分岐しているだけ。目印になるのは進行方向右手にある大きな木。この木の下にはちょっとした屋台があった。

ここで地元の人も何人か降りた。
バイクタクシーも2.3台待機していたが歩いてこの小さい道を進んだ。

すぐに何件かの民家が現れ、人も増えてきたが、全員よく見るウガンダ人の大きさで、背が低くてピグミーと言えるような人はいなかった。実際のところウガンダ人も日本人が想像するような黒人ほど背は高くなく、日本人と変わらないくらいの身長しかない。というよりウガンダを含めてアフリカにすむ人達は日本人が想像するほど背が高く、がっしりしているわけではない。

どんどん進んで行くと学校があり、ウガンダ人の子供たちが珍しそうに東洋人の僕を見ていた。
さらに進むと山道になっていった。
カカオの木がたくさん栽培されていた。

もうかれこれ40分も歩いていてたどり着かないのでおかしいなと思い始めていたが、人がいないので聞くこともできず困っていた所に、一つの小さな小屋で若者が薬局をしているのを発見した。ここでピグミーの村の場所を聞くがピグミーと言っても理解してくれない。そもそも英語が得意でないようだ。

まさか乗り合いマタツを降りた場所を間違ったのかと思ったが、中腰になって、「ショート」とか「スモール」とか連呼したところ、「バットゥワ」と言われた。

この時点でピグミーがトゥワとかバットゥワとも呼ばれていたことをやっと思い出した。
この若者によるとどうやらだいぶ戻らないといけないらしい
仕方ないのでマタツを降りた場所に向かって歩いた。念のため人に出会うごとにバットゥワ?と尋ねた。

 

結局マタツを降りた所から約10分の所にピグミーの村はあった。
村には何軒かの家があり、どの家もここにたどり着くまでの過程で見てきた家よりもさらに簡素なものだった。

家に近づいて行くとすぐに子供たちが走りよってきて手を出してきた。お金やキャンディーが欲しいのだろう。
さっきまでも田舎道を歩いていたが子供がねだってくることはなかった。やはりピグミー村は観光客がわずかながらも来るからだろう。

ちょっと様子をうかがっていると大人と思える人達も集まってきた。子供だと遺伝的に小さいのかどうか判断できないが、大人は確実に小さい
男で150センチほどだった。女の人は男より少し小さいくらいだったので女性だけだとピグミー族と判断できたかわからない

この村には30人ほど住んでいるようだった。
子供は服を着てない子もいて、栄養失調気味の子もいた。

若干英語を話せるおっさんがいて、自分のことを王だと言っていた。王のわりにはボロボロのシャツを着ているなあ。後で知ったことだが、ピグミー族の境遇は悪く、マイノリティーということもあり、差別されてしまいなかなかまともな職にありつくことができないらしい。さっき歩いていた道にいた人たちよりも見た感じでは貧しそうだった。

この自称王のおっさんが、みんなの集合写真を撮らせてやるとか、家の中を案内してやるとか、ダンスを見せてやるだの言ってきた。
事前に調べた情報によると、後で写真代や観賞代を請求してくるらしい

フォートポータルでトラックのミラー代を払ったせいで資金に余裕がなかったということもあり、家の中は少し見えていたので、写真だけ撮らせてもらえばいいやと思って値段交渉をしていた。その最中も子供が弓矢や楽器、おもちゃなど、とにかく物を売ろうとしてくる。

突然一つの家の中からアジア人女性が出てきた。まさかこんなところで会うとは思わなかったが日本人だった。
やはりダンスを見せられたらしい。お金を請求されていたが値下げ交渉をしていた。

この女性と村からちょっと離れたところを歩いているとかなり酒臭い背の低いおっさんが歩いてきた。話しかけると相当酔っぱらっているとわかった。写真を一緒に撮りたいと言うと、急にTシャツを脱いで中国拳法?のようなポーズをとりだした。

アジア人=ジャッキーチェンとでも思っているのか?
一人につき写真代2500ウガンダシリング(約100円)という約束をして、一緒に写真を取った。

お金をもらったこのおっさんは気分良く村の方に帰って行った。
お昼から酒に酔っているということは仕事がないということか?実際こういうお金の渡し方が彼らのためになるのかはわからないが、朝にミラー代を払っていなければ、ダンスなどを見てお金を払ってもよかったかなと感じた。

帰りは来た時に降りたところで待っていたら30分ほどでマタツが来たので出会った日本人と帰った。

 

正直なところ、このピグミー村を訪れてもさほど訪れ甲斐を感じなかった。というのは150センチという身長はそれほど驚くようなものではなかったからだ。
しかし少数民族の境遇を考えさせられた一日だった。
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参考:ウガンダの移動と宿

スーダンへの超満員フェリーに乗船

アフリカを縦断しようとする長期旅行者がよく使うのがエジプトのアスワンとスーダンのワディハルファ間を行き来する週一回のフェリー

乗客の多さと過酷な環境であることで有名です。

チケットは2013年1月の時点では乗船当日に港でも買えたようですが、先に買っておく方がベターでしょう。

ここでチケット購入について詳しく書いてます。
スーダンへのエジプトのアスワンからのフェリーチケット

乗船初日
アスワンからスーダンのワディハルファへのフェリーが出る船着き場には3等列車で行ける。
タクシーでも行けるが3等列車が1.5ポンドなのでものすごく安い! 料金は列車内で車掌に払う

 

アスワン駅から朝8:00に出発する列車に乗った。
スーダンへのフェリーが出るので大勢の人がこの列車に乗るのかと思っていたがそんなことはなかった。
終点の列車駅に着いて若干来た方向に戻り、駅から出ると大量の人がいた。
ここが船着き場だった。

 

どう見てもみんな荷物が多すぎる。
大型バスやハイエースが何台か止まっていた。列車を使わずにみんなこのように荷物を輸送できる手段で来るのだろう
イミグレーションに進む方向の門が閉まっており、みんなこの前で座って待っていた。
自分もここに一緒に座って待つ。

門が開いたと同時に一斉に雪崩のようにみんな突っ込んでいく。
それを静止する係員がいるが、その係員の目を盗んで先に進んだり、係員と口喧嘩を始める者もいる。
スーダンへのフェリーはボロボロで環境がひどいと聞いていたが、乗る前からこれでは先が思いやられる。
ひとまずこのゲートのところで港使用税40ポンドを払う
そして先に進む

次は出国手続きだが、ここで出国税2ポンドを払う
ここでも大量の人ともみくちゃになった。
なんとか手続きを済ませ船着き場に向かった。

他にも船は泊まっていたが、聞いてはいたとおり、乗るフェリーはかなりボロボロだ。
しかも港にいた人数を考えるとやけに小さい。
すぐに乗りこみ、荷物を置いて席を確保した。

結局乗りこめたのは11:30頃だったが、この時点では席はだいぶあいていた。
しかしどんどん人と荷物が積まれてきて12:30頃には座るところはほぼなくなった。

結局韓国人旅行者2人と日本人旅行者1人が後から来たので4人で固まることにした。
これでトイレに行っても場所を奪われることはなくなった。

デッキに行ってみたところここは船内よりもさらに荷物と人だらけだった。
救命用ボートの中にも人が乗っていた。
どうなってんねん
この船よく沈まないなあ
エジプトはアフリカという感じがしなかったが、この船はTHE アフリカという感じだ。
これ以降はずっとこんな感じなのだろうか。

 

大量のテレビのチューナを持っていた席の近くのスーダン人のおっさんに聞くと、エジプトで買い物をしてそれをスーダンの自分の店で売るらしい
船で輸入という方法を取ると税金を取られるから自分でこのように運んだほうが安いのだろうか?
荷物の重さ制限するとか一定重量以上は追加料金をとるなどすればいいのに

 

実際のところ、船内の席は荷物を通路に置いたり、席に寝そべることをやめれば、もう少し多くの人が船内に座ることができるのだが、譲り合いの精神というものはないらしい。

5人分の席を一人占めして寝ころんでいるおっさんもいる。

出発したのは17:00頃だったと思う。これで確実にスーダンに行けるとわかり、安心した。
といっても周りに荷物だらけで油断すると席を奪われる可能性があるので、落ち着いてはいられなかった。

船の乗客には外国人に興味のあるものも多く、しょっちゅうどこから来たのか?とかスーダンに何をしに行くのかとか尋ねられた。
そもそもこの乗客たちは暇つぶしをするものを持ちこんでいないので話すしかすることがないようだった。

 

服装がおしゃれなスーダン人もおり、かなり仲良くなった。イギリスに留学していたらしく、英語もかなり流暢。
将来はイギリスに住みたいと言っていた。

夕食は食堂に食べに行く。
食堂もかなり混んでいるのでちょっと列に並ぶ。
食事は焼いたチキンと野菜があった気がする。とにかくそこそこお腹が膨れた。

船の2階に行ってスーダンの入国手続きをしてもらった。これはすぐに終わる

夜はかなり冷えるので船内を確保できてよかった。ちなみに一等船室はそこそこ綺麗で、トイレも一等専用の物がある。

2日目

朝にアブシンベル付近を通過するので一等区画にあるデッキに行った。おそらく一等区画は二等の人たちは行けないようなのだが、外国人ということで行かせてもらえたようだ。
一等のトイレは二等より綺麗だったが、水漏れしていたらしく、床が水浸しだった。

アブシンベルとの距離はそこそこあるが、見ることはできた。

結局12:00頃にスーダンのワディハルファの船着き場に着いた。

降りるのもなかなか困難を極めていた。みんな大量の荷物を運びだそうとするので通路を通りにくい。
窓から荷物を運び出すものもいた。
なんとか船から降りた後に外をみてみたが、船着き場と言ってもほぼ何もない
エジプトの船着き場はまだ建物を見ることができたが、こちらは荷物チェック用小屋があるくらいだ。

ここからは乗り合いハイエースでワディハルファの中心部に行ける。

チケットを買うのも、実際に乗るのもだいぶ体力を使うフェリーだが、なにはともあれスーダンに無事に移動できてよかった。

チケット購入の参考:スーダンへのエジプトのアスワンからのフェリーチケット

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