ピグミーを訪ねて

ピグミーというのはアフリカ中央部に住む大人でも身長が150センチくらいにしかならない民族で、もともとは森の中で狩猟採集生活をしていて、狩りで得た獲物を農作物と交換していた。
現在では定住している者が多いが、差別されることも多く、まともな仕事がないものも多いらしい。トゥワTwaまたはバトゥアBatwaとも呼ばれる。

実際のところピグミーについては大学の一般教養の講義で多少習ったくらいでほとんど知らなかった。ビデオで実際に狩りをしているところを見たが、獲物は小型のシカの一種などで、小さいものが多かった。

その講義ではコンゴのピグミー族が取り上げられていたので、コンゴでないとピグミーには会えないと思っていた。しかし調べてみるとウガンダ、ルワンダ、コンゴにいるらしい。

 

今回は比較的容易に訪れることができるウガンダのピグミー族を訪れることにした。
自分は世界一周中なのでそれほど苦も無く訪れることができたが、日本からウガンダに行くとなると
直行便がないので14時間はかかるみたいだ。

ピグミー族の村への拠点はウガンダの首都カンパラからバスで5時間ほどの距離のフォートポータルという町で、すぐそこにコンゴとの国境がある。ピグミー族の村はこのフォートポータルからマタツ(ハイエースを改造した乗り合いタクシー)のブンディブギョ行きに乗り2時間弱で行ける(乗り場は地球の歩き方にも載っていてBwamba rode沿いにある)
ちなみにトラックの荷台に乗って行く方法もあるらしい。

こちらで行き方について詳しく書いています。
ウガンダの移動と宿

 

フォートポータルで走り出したブンディブギョ行きのマタツを見つけて、追いかけたら道に止まっていたトラックのミラーに肩がぶつかり、それが落ちて粉々に割れてしまった。どんだけミラーがモロいねんって思ったが、謝って50000ウガンダシリング(約2000円)弁償代として払った。

地元の人によるとKtandiという所でマタツを降りればよいということだった。
フォートポータルからKtandiまで10000ウガンダシリング(約400円)

アフリカではよくあることだが、この乗り合いマタツは満員で山道ということもあり、けっこう体力を使った。風景は綺麗だが、片側が崖の状態でも速度を出すのでヒヤヒヤする。

青いバナナを幹ごと(?)自転車に取り付けて運んでいる人をどんどん追い抜いていく。
合計200本ほど運んでいるように見えた。いやもっと運んでいたかもしれない。
ウガンダではこの青いバナナをすりつぶしてからゆでて主食として食べている。このバナナは甘くないので、日本人には美味しいと感じられないと思われる。

2時間ほどでKtandiに到着
この降り場はメインの道から進行方向左手に一本の細い道が分岐しているだけ。目印になるのは進行方向右手にある大きな木。この木の下にはちょっとした屋台があった。

ここで地元の人も何人か降りた。
バイクタクシーも2.3台待機していたが歩いてこの小さい道を進んだ。

すぐに何件かの民家が現れ、人も増えてきたが、全員よく見るウガンダ人の大きさで、背が低くてピグミーと言えるような人はいなかった。実際のところウガンダ人も日本人が想像するような黒人ほど背は高くなく、日本人と変わらないくらいの身長しかない。というよりウガンダを含めてアフリカにすむ人達は日本人が想像するほど背が高く、がっしりしているわけではない。

どんどん進んで行くと学校があり、ウガンダ人の子供たちが珍しそうに東洋人の僕を見ていた。
さらに進むと山道になっていった。
カカオの木がたくさん栽培されていた。

もうかれこれ40分も歩いていてたどり着かないのでおかしいなと思い始めていたが、人がいないので聞くこともできず困っていた所に、一つの小さな小屋で若者が薬局をしているのを発見した。ここでピグミーの村の場所を聞くがピグミーと言っても理解してくれない。そもそも英語が得意でないようだ。

まさか乗り合いマタツを降りた場所を間違ったのかと思ったが、中腰になって、「ショート」とか「スモール」とか連呼したところ、「バットゥワ」と言われた。

この時点でピグミーがトゥワとかバットゥワとも呼ばれていたことをやっと思い出した。
この若者によるとどうやらだいぶ戻らないといけないらしい
仕方ないのでマタツを降りた場所に向かって歩いた。念のため人に出会うごとにバットゥワ?と尋ねた。

 

結局マタツを降りた所から約10分の所にピグミーの村はあった。
村には何軒かの家があり、どの家もここにたどり着くまでの過程で見てきた家よりもさらに簡素なものだった。

家に近づいて行くとすぐに子供たちが走りよってきて手を出してきた。お金やキャンディーが欲しいのだろう。
さっきまでも田舎道を歩いていたが子供がねだってくることはなかった。やはりピグミー村は観光客がわずかながらも来るからだろう。

ちょっと様子をうかがっていると大人と思える人達も集まってきた。子供だと遺伝的に小さいのかどうか判断できないが、大人は確実に小さい
男で150センチほどだった。女の人は男より少し小さいくらいだったので女性だけだとピグミー族と判断できたかわからない

この村には30人ほど住んでいるようだった。
子供は服を着てない子もいて、栄養失調気味の子もいた。

若干英語を話せるおっさんがいて、自分のことを王だと言っていた。王のわりにはボロボロのシャツを着ているなあ。後で知ったことだが、ピグミー族の境遇は悪く、マイノリティーということもあり、差別されてしまいなかなかまともな職にありつくことができないらしい。さっき歩いていた道にいた人たちよりも見た感じでは貧しそうだった。

この自称王のおっさんが、みんなの集合写真を撮らせてやるとか、家の中を案内してやるとか、ダンスを見せてやるだの言ってきた。
事前に調べた情報によると、後で写真代や観賞代を請求してくるらしい

フォートポータルでトラックのミラー代を払ったせいで資金に余裕がなかったということもあり、家の中は少し見えていたので、写真だけ撮らせてもらえばいいやと思って値段交渉をしていた。その最中も子供が弓矢や楽器、おもちゃなど、とにかく物を売ろうとしてくる。

突然一つの家の中からアジア人女性が出てきた。まさかこんなところで会うとは思わなかったが日本人だった。
やはりダンスを見せられたらしい。お金を請求されていたが値下げ交渉をしていた。

この女性と村からちょっと離れたところを歩いているとかなり酒臭い背の低いおっさんが歩いてきた。話しかけると相当酔っぱらっているとわかった。写真を一緒に撮りたいと言うと、急にTシャツを脱いで中国拳法?のようなポーズをとりだした。

アジア人=ジャッキーチェンとでも思っているのか?
一人につき写真代2500ウガンダシリング(約100円)という約束をして、一緒に写真を取った。

お金をもらったこのおっさんは気分良く村の方に帰って行った。
お昼から酒に酔っているということは仕事がないということか?実際こういうお金の渡し方が彼らのためになるのかはわからないが、朝にミラー代を払っていなければ、ダンスなどを見てお金を払ってもよかったかなと感じた。

帰りは来た時に降りたところで待っていたら30分ほどでマタツが来たので出会った日本人と帰った。

 

正直なところ、このピグミー村を訪れてもさほど訪れ甲斐を感じなかった。というのは150センチという身長はそれほど驚くようなものではなかったからだ。
しかし少数民族の境遇を考えさせられた一日だった。
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参考:ウガンダの移動と宿